知識の倉庫の整理

ここでは今まで学んできたことや考えたことなどを整理、記録していきます

未来に絶望していた大学で新聞奨学生で新聞配達していた時の思い出

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以下のブログは「その日暮らしの大学生」さんの記事ですが、すごく素敵

な内容だなと思いました。この記事を読んでいて自分も大学時代のことを

思い出しました。

タクシードライバーの優しさをみんなに紹介しようと思う。 - その日暮らしの大学生

その時のことを無性に書きたくなったので、むしろ書かずにはいられなく

なってしまったので、今回は自分が大学時代に新聞配達をしていた時に考

えていたことや起きた出来事について書いていってみます。

本当に諦めが出てくると涙も出なくなる

当時の自分というのはいろいろと絶望していた時です。このブログでも度

々触れていましたし、以下の過去記事でも書きました。

大学1年や2年の頃は、親の年収によって子どもの人生がある程度決まって

しまうという世の中の不条理に対して恨むことができる元気がまだありま

した。


ですが、大学3年まで新聞奨学生を続けざるをえなくなると、いろいろ諦

めが出てくるのです。例えば以下のような言葉を受け入れなければいけな

いのではないかと思ったときがありました。


「自分はもう人間としては幸せにはなれないんだろうなぁ」


その時の自分としては「遊べない」ということは自分の中でまだ認めるこ

とができていました。しかし「勉強できない」というのはどうしても自分

の中で認めることができませんでした。


「勉強すればこの状況から脱することができる」


例えば、今自分がしている仕事の経理につくために簿記2級を取得すれば、

新聞配達という肉体労働から解放される、といった感じのことを考えてい

たのです。


だから、どうしても辞めたかった、この状況から脱出したかった、「人間

として生きたかった」のです。


しかし、当時の自分は経済的、時間的、体力的にそれは難しい問題でした。


世の中の多くの人は、あまり勉強は好きではないと思います。自分も大学

に入るまでは嫌々やっていました。


しかし、この時ほど「勉強したくても勉強できない辛さ」を感じたことは

なかったです。本当に悔しくて悔しくて何度泣いたかわかません。


周りの学生は親からの仕送りで青春を謳歌し、就職活動に使うための経済

的、時間的、体力的余裕も十分にある。


それに対して自分は全てがありませんでした。


新聞配達をしている途中はなるべく体力を節約できるように、階段などは

這って昇るようにしていました。普通に歩いて昇るよりも楽なんです。


第三者が見たらなんてみすぼらしい姿だろうと思ったことでしょう。です

が、当時は体力的に厳しくそんなことも言っていられませんでした。


この仕事をしていて良いと思ったことは、深夜にする仕事なので、そうい

ったみすぼらしい姿も泣いている姿も人に見られずに済むということです。


大学1年や2年の頃は、まだその辛さに泣く元気がありました。ですが、本

当に自分の人生にある種の諦めが出てきてしまうと涙が出てこないのです。


これは自分としては驚きました。泣く元気すらなかったんです。当時の自

分というのはそういう状況でした。

大学3年生の冬の日の出来事

あれは自分が大学3年生の冬の日の出来事です。今でも覚えています。


雨が降っている冬の日の朝刊を配達している時でした。その日は冷たい

雨がしとしと降っており、雨合羽を着て、その上からヘルメットを被っ

て配達をしていました。


フード部分に透明なビニールが目の前に来るように被ると、バイクを走

らせても顔に雨がふきつけられず済みます。


そういった被り方をしていたので、視界はあまり良好ではありませんで

した。(安全に運転するうえで最低限のものは見えていました。)


ある順路通りに、2階の建物のポストに新聞を入れてバイクに戻ろうと

していたときのことです。その時ふいに「これどうぞ」と言われて温か

い缶コーヒーを手渡されました。


自分も突然の出来事だったので、反射的に「あっ、すいません」と言っ

ていました。


当時その日は朝刊で薄暗く、雨も降っていて、突然という状況だったの

で、具体的な顔立ちは見えませんでしたが、なんとなく若い女性の方と

いうのはわかりました。


突然の状況だったので、その後しばらくはポカーンとしながら配達して

いましたが、キリのいい所で頂いた缶コーヒーを飲みました。


その時は涙が止まりませんでしたね。「世の中まだまだ捨てたもんじゃ

ないかもしれない。この世界にもう少し居るのも悪くないかもしれない」

と思わせてくれた出来事でした。


時々あの時の女性はどうしてるのかな、と思う時があります。何かお礼

ができればと思っているのですが、あの人はもう忘れてしまっているで

しょうね。


あの時の女性のように、自分も誰か生きるのが辛いと思っている人に何

らかの形で手を差し伸べてあげられればなぁと感じています。