なぜ安部首相は「一億総活躍社会」と言うようになったのか

昨今政府の方針やニュースから「一億総活躍社会」という言葉を目にするようになりました。

 

なぜ政府はこのような言葉を使うようになったのか、その背景はどういったものなのか、自分なりに考えたことを書いていってみます。

一億総活躍社会とは

一億総活躍社会とは、首相官邸のホームページには次のように書かれています。

一億総活躍社会の実現 | 首相官邸ホームページ

若者も高齢者も、女性も男性も、障害や難病のある方々も、一度失敗を経験した人も、みんなが包摂され活躍できる社会

 

一人ひとりが、個性と多様性を尊重され、家庭で、地域で、職場で、それぞれの希望がかない、それぞれの能力を発揮でき、それぞれが生きがいを感じることができる社会

 

強い経済の実現に向けた取組を通じて得られる成長の果実によって、子育て支援や社会保障の基盤を強化し、それが更に経済を強くするという『成長と分配の好循環』を生み出していく新たな経済社会システム

 

言葉だけをみると理想的な社会をイメージしますが、もう少し具体的にどうなのか、といったことが気になります。

 

他のニュースや他の方のブログを見たりしても、いまいち自分のイメージしている答えがありません。

 

自分のイメージでは「一億総活躍社会」というのは、「誰でも個人で稼ぐ必要がある社会」ということなのではないかと考えています。

 

なぜ一億総活躍社会という言葉が使われるようになったのか、なぜそのような考えに至ったのか、それは日本の年金制度の問題にあると思います。

竹中平蔵「今の日本の問題は、老後国が支えてくれると思い込んでいること 」

結論から言うと「国はもう十分な年金を支払うことができない。だから老後も個人で稼げるようになってください」ということなんだと思います。

 

「何をバカなことを」

「何十年もの間ちゃんと保険料を支払ってきた。国が年金を支払うのは当然ではないか」

 

そういった言葉が聞こえてきそうです。自分も以前はそう思っていました。しかし多くの人は薄々は気付いているのではないでしょうか。

 

「もしかしたら老後は十分な年金はもらえないのではないか」と。

 

自分も以前からこのことについては考えてはいたのですが、いろいろと躊躇していました。

 

しかし次の竹中平蔵氏の言葉から「やっぱりそうなんだな」と思わされました。

「賢人論。」第13回竹中平蔵氏(前編)|みんなの介護ニュース

竹中 年金というのは、生きるリスクに対してかける保険。「90歳まで生きるつもりでそこまでのお金を貯めていたけど、100歳まで生きちゃった」というリスクにかける保険です。

 

ところが日本の年金制度は、老人の数が少ないときに気前よく全員に出しちゃったんですよね。国民皆保険制度ができたのが1960年、映画「3丁目の夕日」の頃です。あの時の日本人の平均寿命は66歳だったんですが、今は男性が81歳、女性が87歳まで伸びました。

(中略)

竹中 今の日本の問題は、年を取ったら国が支えてくれると思い込んでいることです。そんなことあり得ないんですよ。90歳、100歳まで生きたいんだったら、自分で貯めておく。それがイヤで、国に面倒をみて欲しいんだったら、スウェーデンみたいに若い時に自分の稼ぎの3分の2を国に渡すことです。

>「今の日本の問題は、年を取ったら国が支えてくれると思い込んでいることです。そんなことあり得ないんですよ。」

今までだったら絶対このような言葉は言えなかったと思います。政治家にとって選挙に響くだろうし、なにより批判を受けます。

 

しかし、このような言葉をはっきり言われるようになって、いよいよ厳しくなってきたんだろうなと思います。

本当に何も問題がなければ年金制度を改革する必要なはないはず

本当に何も問題がなければ年金制度を改革する必要なはないはずなのです。しかし、今までの政府の言葉と行動には違いがあったように感じられます。

 

例えば年金の受給年齢は当初は制度発足当初は55歳でした。それが累次の改正により65歳になり、今は70歳に向けて検討されています。

 

2013年4月からは改正高年齢者雇用安定法が施行されました。これによって定年に達した人を引き続き雇用する「継続雇用制度」の限定が廃止になります。

 

高年齢者が少なくとも年金受給開始年齢までは、意欲と能力に応じて働き続けられるということになりました。

 

他にも以下のような過去記事を書きました。

国の社会保障費は100兆円を超えて、まだなお伸び続ける見込みです。

 

道路駐車の取締りが強化されて、その取締りをしている人がどういった人かというと、よく見かけるのは高齢者の方です。また、日雇い派遣に関する法令の改正で高齢者が働きやすくなったと言えます。

 

他にもいろいろ細かい部分を探していけば、高齢者に対する優遇策は見つかるでしょう。

 

本当に日本の年金制度に問題がなければ、これらのような制度改正はしなくていいはずです。

 

年金制度に問題がなくても、本人の社会保険料の支払いの程度や経済状態によって、多少の受給金額に差が出てくるということはあるかもしれません。ですが、現実はそのようにはなっていません。

 

上記に書いたように、どんどん制度が改正されていっています。

まとめ

なぜ安部首相は「一億総活躍社会」と言うようになったのか。それはもう老後になっても政府は十分な年金を支給することができず、「個人」でも生きられるように今からでも準備してください、ということなのではないでしょうか。

 

あくまでここまで書いた内容は自分の予想であって、実際はどうかわかりません。

 

自分が年金を受け取って生活しているわけではありませんし、政府の内情を知っているわけでもありません。

 

ですが、今までの周りの環境の変化から推測するに、将来のために何らかの準備はしておいた方がいいとは思います。

コメント

  1. normal-japan より:

    面白い記事ですね。一億総活躍社会はあくまで最後の結果体なので、そこに向かうための一人一人をどう作るのかがポイントだと私は感じました。
    誰でも個人で稼げるように意思決定能力や主体性をどう身につけさせるか、国としても政策を立ててやっていってほしいと思っています。

  2. psoukonoseiri より:

    id:normal-japanさん
    コメントありがとうございます。
    昨今企業の副業の緩和とか、クラウドワークスなど、個人でも複数の収入を得る手段が増えてきました。
    そのような現実があるということは、やはりそうなる背景があると思うのです。
    id:normal-japanさんの仰るように、国が個人でも稼げる環境を整備していってくれるとありがたいですね。

  3. normal-japan より:

    id:psoukonoseiriさんが言うように、必ずそこには背景があると思います。
    私は最近、ロボットや人工知能などの話題にもかなり関心があるのですが、そういうニュースを見るたびに本当に個人一人一人が根底から変化していかないとといった危機感を感じています。
    時代の流れを見据えながら、未来を創っていきたいものです。

  4. pikoameds より:

    こんにちは。
    年金支給開始年齢をさらに引き上げ、社会保障給付の切り捨て、社会権利否定ですよね。

  5. psoukonoseiri より:

    id:pikoamedsさん
    コメントありがとうございます。
    >社会権利否定ですよね。
    形としてはそうなります。ただ、政府が公然と年金支給開始年齢の引き上げについて話すようになるということは、内情は相当厳しいと考えられます。

  6. pikoameds より:

    たしかにそうですね。ただ、各種企業年金なども含めて、株式市場に投入していますし全体的整合性も考えてみたいですよね。
    大事な問題提起ありがとうございます。