電車で「急病人の救護」のアナウンスが頻繁に流れる日本はもっと休む必要がある

人間というのはいつも調子がよかったり、体調が良かったりするものではなく、時には風邪になったり怪我をしたりするものです。

 

そういう時というのは、素直に休めばいいと思うのです。

 

ですが、日本人の価値観として「多少の風邪ぐらいで何で休むの?」とか「根性ないなぁ」など嫌味を言われることもあるのではないでしょうか。

 

先日は久しぶりに動けないぐらい体調を崩したので、その時に考えたことを書いていってみます。

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休むべき時は休むべき

動けなくなるぐらいの風邪をひくというのは、ここ数年記憶にないです。本当に久しぶりに丸一日布団にくるまって寝ていました。

 

その時に思ったのは、周りの人の目を気にすることなく「ちゃんと丸一日休める」というのは非常にありがたい、ということでした。

 

いや、そもそもこの自分の感覚というのもおかしいのではないか?とすら思っています。

 

日本人の価値観として「なるべく休むべきではない。休むとしたらよっぽどの時」という感覚があるのではないでしょうか。

 

自分の今までの経験でも、周りの事例でも、それは随所に見受けられます。

 

「体調が悪いお客様は無理をなさらず・・・」というアナウンス

企業に勤めている人は毎朝あの通勤電車に乗っていると思います。時々発生するのが次のアナウンスです。

 

「ただいま急病人の救護のため・・・」

 

体調不良で倒れてしまったとかそういうことだと思うのですが、電車で通勤していると急病人の救護で遅延することって結構あります。

 

その時に思うのです。「無茶しないでください・・・」と。

 

家族を養うためとか、周りの人の目が気になるとか休みたくても休めない理由はいろいろとあるかとは思いますが、みんな涼しい顔して結構無理してますよね。

 

これは最近実際にあったことなのですが、電車で通勤している時に自分の隣の人が倒れてしまいました。幸いちょうど駅に停まっていたのと、周りの人が非常用の停止ボタンを押してくれたので、駅員の方に迅速な対応をしていただきました。

 

まず感じたのは、自分の身の回りで実際にそのようなことが起こったことに対する驚きと、自分が何もできなかったことによる無力感です。

 

まさか自分の隣の人が倒れるなんて思っていなかったというのもあって、とっさに体を支えてあげるということができませんでした。

 

あまり無理はしてほしくないと感じた出来事です。

組織における「休む」ことが「悪」という価値観

10代だった時の運動部の時や大学時代での新聞配達、新卒で入った飲食店の企業では「休む」とか「休日」という概念が希薄でした。

 

特に体力が必要な環境というか、体育会系的な人が多い所ではそういった雰囲気とか空気が強いと思います。

 

休んだら何を言われるかわからない、休むことがまるで「悪」であるかのような空気は社会人になっても多く存在していると感じます。

 

休む時に部活の顧問や会社などに報告しなければいけない時というはあると思います。そういった時に体調不良などちゃんとした理由があるのに、なぜか不安でした。

 

というのも報告する時や、状態が良くなってから部活動に参加したり、出社した後に休んだことで批判されるのが怖かったからです。

 

休むことが「怖い」というのはおかしな感覚です。

 

今ぐらいの年齢になったから冷静になって考えられますが、日本人としての嫌な価値観がいつのまにか刷り込まれていたんですね。

休みたい時に休めたらどんなに良いだろうか

「休みたい時に休めたらどんなに良いだろうか」

 

10年以上前からこういったことを考えていたと思います。もうとにかく時間に追われる毎日でした。

 

今までの部活動や大学時代の新聞配達、会社の仕事と比べて、翌日のこととか周りの人の声とか気にせずに今回のように「休めた」というのは今まであまりなかったと思います。

 

そのような過去があったため今回のように、何の気兼ねもなく休めるというのは非常に気持ちが良かったのと、自分の価値観を見つめなおす良い機会になったと感じています。

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