ブログを2年間続けてきたことで、多くの人の多様性や画一性に気づけた

今は2017年の4月です。周りは入学式や入社式、気温も段々と温かくなってきて「春」を感じさせる季節となってきました。

 

そういった1年の中でも節目となるこの月ですが、このブログも最初の記事を書き始めてからちょうど2年が経ちました。

 

今の自分の年齢になると「1年の節目」というものにあまり感慨深さを感じなくなってきますが、自分がしてきたことに対しては何かしらの感じる所はあります。

 

その感じる所というのは、このブログを始めて2年が経ったということなのですが、このことで自分が考えていたことを書いていってみます。

はてなブログに来る前

BLOGの文字のイラスト

「よく2年も継続的に続けてこれたなぁ」というのが今の感覚です。というのも何事もそうなのですが、何かを「継続する」というのは難しいものです。

 

このはてなブログではここまで継続して自分の日々の考え、今まで溜めて込んできた考えを書いてきました。このはてなブログを始める前は、mixiとかアメーバブログなどでも日々の日記的なことを書いていたんです。

 

今はてなブログで記事を書いているということからわかるように、ここに来る前は諸々の事情があって続きませんでした。継続するというのは難しいです。

 

それにいろんな人のブログの意見を見てもわかるように、mixiとかアメーバブログって「何かを書く」という所ではなく、ブログサービス内の他者との関係に重きが置かれている感じがします。

 

どちらにせよ他のブログサービスでは続かなかったわけです。

 

はてなブログを選んだきっかけのひとつは「ちきりん」さんの影響もあったと思います。

 

「世の中にはこういう人がいて、こういう生き方もあるんだな」と感化された部分もありましたし、

 

これからは企業の時代ではなく、「個人の時代」が来るだろうという考えもありました。ですから自分のこれまでの考えてきたことを発信していくことで何らかの新しい道が見えてくるのではないかという思いもありました。

 

また、はてなブログは他のブログサービスに比べて、シンプルで使いやすくまさに「ブログ」という風に感じたからという理由もあります。

 

はてなブログはITに詳しい人が多いということもあり、記事内容が他のブログサービスで書いている人達に比べて、面白いと感じたことも理由のひとつです。

 

これは多分自分独自の視点だと思うのですが、例えば企業とかだと情報漏洩に対して非常に敏感です。企業の核となる技術については非常に高いセキュリティで守ろうとします。ただでさえ閉鎖的な企業文化がますます閉鎖的になっていく昨今です。

 

一方はてなブログではそういった姿勢の人が少なく、重要な情報でも積極的に発信されている人が多い。例えば日々の何気ないことから、非常に専門的なことまで幅広いです。

 

そしてそれが「良い生態系」をつくっていると感じるんです。重要な情報を独占するのではなく、互いに有用な情報を発信して互いに高めあっていくみたいなイメージです。

 

というのも、インターネット上でいろいろと調べものをしていると気づかれる人もいると思うのですが、「はてなブログ」で書かれた記事が多いです。

 

以前は「偶然かな」と思っていました。偶々はてなブログで書かれた記事が多いのだろう、と。

 

ですが、この2年間はてなブログを使い続けてきて気づいた内の一つは、やはりはてなブログで書かれた記事が多いです。自分が偶々はてなブログで書かれた記事が表示されるような言葉で調べものをしてきたから、というのもあるのかもしれませんが。

 

パソコンのOSにリナックスというものがありますが、このリナックスの生まれた思想に近いものがある気がします。

 

とにかく閉鎖的にならず、自分個人のためだけではなく「周りの人ため」という開放的な雰囲気がはてなにはあるのではないか、というのも自分がはてなブログを選んだ理由です。

ブログを2年間続けてきて気づいたこと

ブログを2年間続けてきて気づいたことは「実にいろんな人がいる」というのが今の自分の感想です。というのもブログ以外の、会社で日々働いて接する人というのは非常に画一的な感じがします。

 

多くの人は会社で働いて日々の生活の糧を得ていると思われます。

 

経営者側、雇う側の人たちにとっては、その会社に合う人を基本的に採用していくので自然と同じような属性を持った人が増えていきます。

 

ですから会社で働く一部の人にとってはつまらないものに感じるかもしれません。今までいくつかの会社を転々としてきましたが、なぜか、本当に、不思議なほど体育会系に近い人が多かったです。

 

完全に体育会系というわけではないんですが、基本的にそういう傾向の人が多かったです。これはそういう業種が多い所だったからというわけではなくて、例えばメーカーとかITの業種の会社も経験してきました。

 

もちろん会社によって差はありますが、

 

「明るくて、はきはきしていて、他社とも上手くコミュニケーションが取れる」人が多かったです。

 

どの会社もそういう人が多いので、話をしても「だいたい同じ経歴」の人が多く、耳に入ってくる話題もだいたい似通っています。

 

一方ブログを2年も続けていると、いろんな人の人生を垣間見ることができます。

  • 「あぁ、世の中にはこういう人もいるんだなぁ」とか
  • 「なんでこの人はもっと評価されないんだろうか」
  • 「えっ!?こんな生き方があるんだ・・・(汗)」

という人をたくさん見つけることができます。現実世界の会社では、インターネットとか本の著者の経歴のような人とはまず出会えません。

 

「与えたものを受け取る」という言葉がこの世界にはあるように、情報発信していると、いろいろと情報を受け取ることができるようになっていきます。

 

その情報を受け取る方法というのは、例えば自分のブログを読者登録してくれたことがきっかけで、読者登録してくれた人が書いているブログを見に行ったり

 

自分が何か記事を書く時に参考にできるものはないかと探している時に偶然おもしろい情報を見つけたり、情報を発信するようになると、もちろん相手側からこちらに接触してきてくれるということもあるわけですが、

 

その発信する情報のために必然的に自分がいろいろと動くようになるわけです。それによって面白いブログや面白い記事、今までにない視点の情報を得られるようになっていきました。

ブログを継続した「2年間」は「他者を観察し続けてきた期間」でもある

このことに加えてブログを継続した「2年間」という時間は、自分がブログ記事を書いてきた期間でもあるわけですが、それは「他者を観察し続けてきた期間」にもなったわけです。

 

これはどういうことかというと、ある程度ブログを継続してきた人なら誰でもあてはまると思うのですが、自分が記事を書いていると他人が何を書いているのかというのも気になりますよね。

 

ですから、気になったブログは読者登録とかブックマークとかされて、記事が更新されたら自分の所に通知が来るようにしているでしょう。そして通知が来たらそのブログなりホームページなりを見にいかれると思います。

 

継続して記事を更新してくれて、記事の内容も面白ければこちらも継続して見にいきます。ですが、読者登録してもブログをやめてしまう人も少なからずいらっしゃいます。これは非常に残念なことです。

 

このように2年間通して、他者を観察し続けてきて気づいたのは、

 

「継続できている人は継続できている人なりの面白さとか特殊なバックグラウンドがある」

 

別の見方をすると、これは自分の視点なので他の人にとっては別の考えもあるでしょうが、

 

「継続できていない人は、非常に平凡な人が多かった」と感じています。

 

ここまでの内容を書くまでに、「会社で働いている人は同じ属性の人が多い」といったことを書きました。特に会社で長く働けている人であればあるほど。

 

もっと言うと自分から見れば、そういう人たちはあまり苦労してこなかった人達、生まれつき恵まれている人達が多かった気がします。このような人たちの話はあまり面白くは感じません。

 

それに対してブログを継続してきている人たちは、複雑な家庭環境だった人や何らかの障害を持っている人、会社で理不尽な思いをしてきた人、波乱万丈の人生を歩んできた人、特定の分野で非常に優秀な人等々、そのような背景を持った人が多いと感じています。

 

このような人たちの話の方が全然面白いですし、共感できます。

 

自分がはてなブログで記事を書く前は、今のようにインターネット上における何らかの対象を継続して観察するということはありませんでした。

 

それまでは、突発的な調べものとかアマゾンで本を買うときぐらいにインターネットを利用していたぐらいです。何かを真剣に2年もの間、継続して観察するといったことは、今までなかったです。

 

この「通知機能」っていうのも非常に重要だとは思うのですが、やはり自分が何か書いていこうとしない限りは、パソコンを起動させないわけだし、ブログの画面を開く機会も生まれてこない訳です。

 

ブログの画面を開く機会がなければ通知機能もあまり意味を持たなくなってくるわけですし、「与えたものを受け取る」という言葉があるように、自分が日々情報を継続して発信してきたからこそ、いろんな人の人生を見ることができているんだろうなぁと感じています。

 

そして情報発信をしてきたからこそ、人生において別の道や様々な選択肢を見つけることが出来たとも思っています。

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