10年経ってからの一時的な休息期間に思うこと━なぜ好きなことをやれと言われるようになったのか

10月23日に中小企業診断士の2次試験を受けてから、今日で約1ヶ月程になります。この試験結果が12月の9日に発表される予定なのですが、日々の行動がなんとなくというか「上の空」です。

 

仕事以外で1日全く本を読まない日というのは、この10年であまりなかったなぁと思い返しています。というのも、大学時代は仕事や生きるのに必死で、新聞配達の合間を縫って新聞を読んだり勉強したりしていました。

 

大学を卒業しても安定して働けなかったので、これもまた生きるのに必死にならざるをえず、勉強せざるを得ない日々を送ってきました。

 

そのような過去があった中で、この試験は自分の人生の中で一つの節目だと思っていたわけです。で、その節目を過ぎて結果を待つまでのこの期間が何ともいえない空白の期間になっています。

 

今日は試験終了から、考えたことなどを書いていきます。

大学生の「モラトリアム期間」について

雄大な山々の中に立つ男性の背中

日本の大学は「モラトリアム期間」である、という言葉をどこかで目にした記憶があります。その意味は、「自分らしい生き方を探し、模索する青年期の期間」のことを言うようです。

コトバンクでは以下のような意味になっています。

E.H.エリクソンの提案した精神分析学の用語。本来は「支払い猶予期間」の意であったのを転じて,社会的責任を一時的に免除あるいは猶予されている青年期をさす。

 

生きがいや働きがいを求め,発見するための準備を整える一方,自分の正体,アイデンティティを確定できず,無気力,無責任,無関心など消極的な生活に傾きながら,自我の同一性を確立してゆく。

当時大学生だった自分には大学生であったにもかかわらず、全く縁がなかったので、「今の大学生はどれだけ恵まれているんだろうか」と思っていました。

 

ですが、自分が今それに近い状態、とりあえず何かに必死にならなくても良い状態といった感じでしょうか、そういった状態になって初めて「モラトリアム期間」というものに共感できた気がします。

 

逆に考えれば、大学生にとってこのような期間が4年間も続くのです。何か明確な目的意識を持てなければ、自分の場合であれば間違いなく堕落してしていました。

 

当時としては、遊んでいる大学生を横目に見て、恨めしく思うこともありましたが、今となっては「あぁ、遊べなくて良かった」と思っています。

なぜ最近「好きなことをやれ」と言われるようになったのか

青空の下のハートのシンボル

最近はメディアや本でも「好きなこと、やりたいことをやれ」と以前よりも言われるようになってきたのではないでしょうか。

 

一昔前なら、会社に入ったら「10年は泥のように働け」と言われていたでしょう。そのような過去を考えると、ずいぶんと時代が変わったものだなぁと感じます。なぜこんなことが言われるようになってきたのでしょうか。

 

自分の考えとしては、このブログでは何度か書いてきたのですが、現在が「知識社会」に移行する過渡期だから、だと思っています。

 

「好きなこと、やりたいことをやれ」という言葉と「知識社会」という言葉はあまり繋がらないかもしれません。この項は、また機会があったらもう少し詳しく書いていくつもりです。

 

多くの大人は大学生に対して、「大学生は今は時間がたくさんあるんだから、今のうちにたくさん遊んでおけ」と言う人が多いのではないでしょうか。

 

自分もそういった言葉は何度か聞いたことがあります。おそらく「好きなことをやれ」という言葉と「今のうちに遊んでおけ」という言葉を混同しているのではないでしょうか。

 

そうではなく、今後高度な知識や考え、アイデアが要求される社会になっていくから「好きなこと」を勉強しておけ、という意味に自分は捉えています。

 

なぜなら「好きなこと」じゃなければ、自分から積極的に、さらに一生涯かけて勉強しようだなんて思えないからです。

 

メディアももう少しストレートに言っていいと思うんですが、まぁなかなか言えない事情もあるのかもしれません。

この10年必死に勉強してきて思うこと

インテリアが充実した図書館

「大学生は今のうちに遊んでおけ」という言葉がよく言われますが、じゃあ実際に大学時代全く勉強せずに遊んでいるだけでいいのかと聞かれたら、そこは自分だったら否定します。

 

むしろ、その時間を存分に使って好きなことを勉強するべきではないか、と。

 

10年以上必死に勉強してきましたが、「足りることはない」と感じています。上記に書いた理由もあったので、自分はなるべく意識して「好きなこと」をするようにしてきました。

 

もっと言うと、これからは「好きなことをしなければいけない」社会になっていくかもしれません。好きなことでなければ、自分が決めた分野を突き詰めて知識を深く掘り下げることが難しいからです。

 

会社から人事異動の通達で、自分が希望しない部署の知識を勉強するというやり方は、今後の生き残りを考えるうえでは難しいかもしれません。

 

会社で「正社員」として働いていると、どうしても時間や体力、心までも拘束されていきます。気づいたら、もう逃げ場がなくなっていたということもあるでしょう。

 

まぁひとそれぞれ、その人の都合や生き方はあるでしょうが、自分は以上のように考えています。

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