20代で5社目の会社に2週間働いて気づいたこと(中編)

今回は以下の過去記事の続きになります。

新聞配達のアルバイトをしながら簿記の資格を取得した後に2社目の企業へ入る前の意識、入った後どうなったか、ということから書いていきます。

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2社目 卸売業での経理(続き)

2社目は卸売業の企業で経理として働けるようになりました。この時の意識としては、まだ「安全」を求める意識が抜けていませんでした。

 

以下の過去記事でも書きましたが、この時の就職活動で100社近く応募してやっと内定をいただけた企業だったので、「助かった」という邪な考えをもってしまっていました。

この時の職場の状況としては、社員の方々は平均年齢が高く、親会社からの出向者の方もいらっしゃったので、「出向者」という言葉から雰囲気としてはわかる方はわかると思います。

 

別に激務という程ではなかったのですが、仕事ができるかできないかではなく、上司に気に入られるか気に入られないかというのが、仕事を続けていく上での判断基準となるような職場でした。

 

親会社からの出向者が、子会社のお金を飲食に使いたい放題していた状況で、ある意味よくある会社でした。

 

親会社も自分がいた子会社も社員の平均年齢が高く、扱うモノも技術力はあまり高くなく時代に取り残されている感がありました。衰退企業の典型的な企業だったと思います。

 

自分は目上の人とか役職が上の人に対して、媚びへつらったり、おべっかを使うことがどうしてもできませんでした。その結果、何かと上司から足を引っ張られたり追い込まれたして最終的に退職せざるをえなくりました。

 

今にして思うと、当然の結果でした。就職先の企業に対して「縋る」という感じの意識を持ってしまっていた部分があったので、まさにそういう人物たちが多くいる職場で働くことになってしまいました。

 

この時から自分の意識に注意を向け始めて、「企業に入れれば大丈夫」という考えをなるべく排除するように意識し、「能力が重要なんだ」という考えを持つように強く意識するようにしていきました。

 

その意識の結果が次の会社の職場環境に反映されていきます。

3社目 卸売業での経理

3社目も同じ卸売業での経理ですが、前の会社とは扱うモノは違っています。この時は「能力」を意識し、この時までにまた別の資格も取得していました。

 

そういった意識の下に行動もしていたので、そのような意識が反映されたような職場で働くことができました。しかしその意識を反映した職場は決して「良い」ものではありませんでした。

 

能力を意識して行動していたので、ある意味「能力の高さ」は基準になってはいたのですが、周りのレベルが高すぎた環境でした。

 

ある人は監査法人での勤務経験があるらしく、またある人は公認会計士を目指して勉強しているような人がいた職場でした。

 

そのような中でたかが2、3年経理について勉強してきたような自分では合わせられるわけがなく、周りの先輩社員からはフォローはしてもらえたのですが、当時の部長から執拗な質問をされて答えに窮してしまうことが多々ありました。

 

部長の気まぐれや気分でいろいろと責められた時もありましたが、自分は「期待はずれ」という烙印を押されてしまい、そこも退職せざるをえなくなりました。

 

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