人間世界における勉強の概念の今後の1つの方向性について

今回の記事の結論を先に書いてしまうと、人間がいかに知識を覚えていくかというよりも

  • コンピュータにいかに覚えてもらうか
  • コンピュータにいかに仕事をしてもらうか

 

そのために人間が

  • いかにコンピュータに上手に仕事をしてもらうために操作方法を覚えるか

という方向性に今後シフトしていった方がいいのではないかということです。

 

なぜそのようなことを考えるようになったのか。

 

このブログでは以下のような過去記事を書いています。

今の職場でエクセルのVBAというもののすごさを知りました。VBAというのはエクセル専用のプログラミング言語と言えばわかりやすいでしょうか。

 

プログラミング言語を使ってプラグラムを組んで業務で使うと、その圧倒的なスピードと正確性に驚かされます。

 

そういった経験をしたからこそ気づいたことがありましたし、今まで当たり前だったことにも疑問を持つようになりました。今回はそのことで最近考えていたことを書いていってみます。

 

日本の大学受験や資格試験の勉強から考える

ランプの光に照らされたメガネと開かれた本

冒頭部分で『「コンピュータにいかに覚えてもらうか」という方向性に今後シフトしていった方がいいのではないか』ということを書きました。

 

こう考えるようになった理由というのは大きく2つあります。ひとつめは「人間の記憶容量や処理には限界がある」と感じるのと、もうひとつは「コンピュータの圧倒的なスピードと正確性、記憶容量」です。

 

ひとつめの「人間の記憶容量や処理には限界がある」というものですが、例えば日本の大学受験は非常に厳しいことで有名です。

 

東京大学や京都大学、その他有名な大学に合格するために二浪、三浪してまで勉強する人も珍しくはない世界です。もっと言えば、幼少の頃から東京大学に合格するために勉強をしているような人もいると聞きます。

 

それだけ勉強しても全員が希望する大学に合格できるわけではありません。自分も大学受験の頃は1日20時間とか勉強する日もありました。

 

だからこそわかるのですが、東京大学とか慶応大学とかに合格できるような人間ていったいどれだけ優秀なんだろうと途方に暮れたこともあります。そういった有名大学に合格できるような人が実際どれぐらい勉強しているのか参考になったのが次のブログです。

 

大学受験や資格試験の勉強を本気で挑戦してきた人であれば、引用したブログを見たことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

 

「語られない闇を語る」ブログの筆者様は、以前京都大学を目指していたようですが、ブログのいくつかの記事の内容から察するに結果は芳しくはなかったようです。

 

その努力の様子は自分が想像していた以上でした。「あぁ、高学歴の人というのはこれだけ勉強しているのだな」と。

人間が持つ時間や体力という限られたリソースの今後の使い道

自分の大学受験や資格試験の経験もそうですし、他の有名大学や難関資格を目指す方に対しても考えたことなのですが、今後は人間である自分が覚える、というよりも「コンピュータに覚えさせる」という方向にシフトしていった方がいいのではないか、ということです。

 

というのも、ここまで書いたように「こんなに勉強している人が世の中に入る」ということはもちろん、「こんなに勉強しているのに報われない」という見方も出来るからです。

 

人間にとって、勉強する時間や体力というのは限られたリソースとも言えます。コンピュータが生まれてその技術が日進月歩な現在に、限られたリソースを報われない事にそんなに投資していいものかとも思うのです。

 

10の投資に対して10の結果しか得られないものよりも、10の投資に対して100とか1,000の見返りが得られたほうが絶対に良いはずです。

 

単純に覚えるという作業や単純な動作はコンピュータに任せて、人間はもう一段高度な知的作業にシフトしていくべきではないでしょうか。

日々のあらゆることに対して疑問を感じるようになってしまった

 

VBAとかマクロとかプログラミングというもののすごさを経験したからこそ感じられるようになったことは次のことです。それは

 

  • 人間がそんなに覚える必要があるのだろうか

 

というものです。

 

人間というのは不思議なもので、今まではそれが当たり前だったとしても、とあるきっかけから「便利な方法」を知ると今まで様々なことに「何で今までこんなことを自分でやっていたんだろう」と疑問に思うようになります。

 

日々のちょっとした業務でも「あれ?なんでそれをまだ手作業でやってるの?自動化しないの?」という風に。

 

自動車や電車を利用することは当たり前だと思っているのに

 

例えば日本の江戸時代は現在の電車というものはもちろんありません。ですからモノの移動には「大八車」とか「天秤棒」といったものが利用されていました。基本は人力です。

 

当時は現在ほど技術が発達していなかったので、それは当たり前だと思っていたでしょう。当時の人間が、まさか数百年後に自分以外の意志を持たない「道具」が勝手に大量の荷物や道具を高速に運べる時代が来る、なんて夢にも思わなかったはずです。

 

それが今となってはどうでしょうか。毎日職場へ行くのに電車や自動車を利用することに疑問を感じる人は少ないでしょう。

 

「電車ってすごいな、こんな大きい機械がこんなに大量の人間を運んでいるなんて信じられない」と考える人は、今の世の中ではそれほど多くはないはずです。

 

電車を使って職場まで通勤することはもはや「当たり前」になっていますよね。

 

例えば今の時代に、東京の三鷹駅から東京駅まで徒歩で毎日通勤している人がいたら「おかしい」と思うはずです。

 

「今の時代は電車や自動車があるんだから、それを利用すれば短時間で楽に着けるのに」と。

 

それと同じようなことが、頭脳的労働でも今後起こってくるのでないかと考えるようになりました。

 

例えば「なんでそんなことをまだ手作業でやってるの?プログラムを組んでコンピュータにやらせればいいじゃん」と。

 

あるいは「なんでそんなこと覚えようとしているの?コンピュータに覚えさせて必要な時に引き出せるようにしたらいいじゃん」と。

 

もしくは今後は学生の偏差値での比較でも、人間が高い偏差値を取るのではなく、コンピュータにいかに高い偏差値を取らせるか、というのが当たり前の世界がくるのではないか、

 

自分の偏差値が低いことで馬鹿にされるのではなく、自分が持っているコンピュータに高い偏差値を取らせられないことで馬鹿にされる時代が来るんじゃないか。

 

世の中にはF1とかフォーミュラ1と呼ばれる言葉があります。これはモータースポーツの最高峰の自動車レースです。この自動車レースで競争するのは自動車です。

 

人間と自動車が競争するというのは有り得ません。ルール的に認められていないでしょうし、何より人間と自動車が競争したら、人間は「まず勝てない」からです。

 

自動車と人間とでは、圧倒的にスピードと持久力が違います。人間は自動車ほど長く速くは走れません。むしろ「人間と自動車が競争したらどちらが勝つか?」「どうすれば人間が自動車に勝てるか」という考えを持つこと自体がおかしいと思うはずです。

 

それと同様に今後は「コンピュータにいかに働いてもらうか」が当たり前の時代が来るんじゃないかと思うようになりました。

まとめ

例えば親が子どもの幸せを考える場合、今までの考え方だと、「良い高校、良い大学、良い企業に就職できれば将来安泰だ、そのために今からそのための勉強をさせよう」というのがあるのではないでしょうか。

 

その考えの根底には「人間が覚える」という発想があると思います。しかし実際にプログラミングとかコンピュータについて勉強して、その効果を自分の目で見て経験すればわかると思うのですが、完全に覆されます。

 

なぜならコンピュータは、人間よりも圧倒的な量の知識を覚えることができますし、人間であれば何時間もかかっていた作業が、本当に一瞬と言える速さで終えられるからです。

 

こういう事実を知ってしまうと、今までの旧態依然とした考え方にどうしても疑問を持ってしまうのです。

 

昨今は人工知能の目覚しい発達で、弁護士の業務が人工知能に取って代わられるのではないか、というニュースを目にするのも珍らしくはなくなりました。例えば次の記事

大量の法律文書を読み取る

弁護士も人工知能(AI)に頼る時代がやってきた。アメリカの大手法律事務所「ベイカー・ホステトラー」が、ベンチャー企業「ROSS Intelligence」との契約を決定。今後、この事務所の弁護士が、主に破産に関する法律のアドバイスをROSS社の人工知能から受けるという。ROSS社が発表した。

 

発表やROSS社のウェブサイトによると、ROSS社の人工知能サービスは、IBM社の新型コンピューター「ワトソン」を元にして開発された。例えば、弁護士が「破産した企業は、その後もビジネス活動をすることができるか」と問いかければ、人工知能が大量の法律文書を読み取り、ぴったりの回答を出す。

 

質問をすればするほど、人工知能は賢くなり、より適切な答え方ができるようになる。法改正や新しい判例もシステムで監視して常に情報を更新するため、弁護士が「法律ニュースの洪水」を必死に追いかけ、新しい知識をアップデートする負担も軽くなるという。

 

人間が読み切れないほどの量の文書を読み取れるため、これまで見落としてた資料や、関連性がないと思われていた資料を使って結論を出すこともできそうだ。

大学の受験勉強などは、基本的には暗記が必要です。そのためには膨大な範囲を何度も繰り返して読む必要があります。

 

今までであれば、より広い範囲を人より多く繰り返し読みこんできた人が良い大学、良い企業に進むことが出来ました。そういったことを可能にするためには、特に親が優秀で年収も高いことも有利に働きました。

 

そういった人材が歓迎されたのは、企業がそういった人材を求めていたからでもあります。しかし、これからはどうでしょうか。

 

現在は人工知能が開発され、自ら学習してどんどん賢くなっていってしまうような状態です。もちろんそれはある程度人間が手を加えなければいけない部分もあるでしょうが、

 

最近のニュースでは、機械学習ですら自動化されていっているようであり、今後ますます人工知能やコンピュータの成長が早まりそうな状況です。

 

そういった中で人間が自動車と競争するなんて有り得ないのと同様に、人間が何かを何年もかけて覚えようとするのは有り得ないと思われる時代が来るのではないでしょうか。

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