構造調整を進められない日本の企業からは脱出して、個人として自立した方がいいという考え方

今回は以下の前回の過去記事の続きです。

前回は、日本の中高年の世代と主要産業が「一蓮托生」的な関係にあるため、企業に対して解雇規制の撤廃や同一労働同一賃金の政策はなかなか進まないだろうということを書きました。

 

確かにずっと我慢して待っていても、企業や国は抜本的な解決策は打ち出せないでしょう。ではこのままでいいのかと考えた場合、多くの人が「このままではいけない」と気づいているはずです。

 

こういった状況に関して自分の考えを書いていってみます。

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年功序列や極端な雇用維持は、多くのフリーライダーを生み出すのではないか

これは自分も経験があるので言えるのですが、正社員になると「一生安泰」だと勘違いしてしまうこともあるのではないでしょうか。

 

「一生」とまではいかなくても、何らかの「依存心」は持ってしまうのではないでしょうか。それが例えば自分が新卒で入った会社が「一部上場企業」とか「大企業」とか世間一般で言われている「有名企業」だとしたら特に。

 

世の中には「フリーライダー」という言葉があります。

経済学においては、ことに公共財のように非排除性があるサービスについて、対価(供給のための費用)を支払わないで便益を享受する者を指す用語である。

 

一般的に、物財やサービスは、対価を支払った者に限り便益を受けることができる。これを財の排除性という。しかし、他の経済主体に有利に働く正の外部性を有する財のなかには、公共財や情報財(例:ウィキペディア)のような排除性を有しない財がある。

「ただ乗り」とも言いますし、必要な負担をせず、利益だけを得る人のことを言ったりします。

 

本来は社会学や経済学などで使われる専門用語ですが、近年は会社においても、高い給料をもらっているのに怠けていて、他人の成果を横取りする人のことをフリーライダーと呼んだりします。

 

おそらく以前の自分のように「フリーライダー」になってしまう可能性は多くの人にあるのではないかと思っています。

 

しかしこれも自分の経験なのですが、一生安泰ではなく、ちょっとしたきっかけで正社員関係なく容赦なく「切ってくる」職場を一度でも経験すればフリーライダーになることは避けられるのではないかとも思っています。

 

世間では「石の上にも三年」とか、ひとつの組織に対して長く居るというだけでやたら評価する風土が日本にはあります。

 

新卒で入った会社で10年とか20年ずっと勤め続ける人もいますが、今の社会情勢やその人のことを考えると、逆に「この人大丈夫かな?」と思ってしまいます。

 

そもそも同じ所に20年以上も居続けられるというのは、これはインターネット上のどこかにあった言葉ですが、「ある意味そういった素質がある」ということだと思います。えぇ、これは悪い意味です。

 

同じ職場で同じような仕事を20年以上も続けていたら、普通退屈するものではないでしょうか。仮にジョブローテーションなどがあったとしてもです。

 

他にも嫌な上司の対応に我慢できなくなったり、そういった上司に媚び諂わないと生きていけないような、自分の魂を売るような状況が許せなかったりと、まっとうな神経を持っていたら、ひとつの組織にそんなに長くは居られないものだと思うのですが、今の20代、30代と中高年の世代とでは価値観が大きく違うのでしょうか。

 

そういった人たちが同じ組織に増え続ければ、生産性で他国と差が出てくるというのはある程度予想がつきます。

 

そういった状況を打破できると考えるのが「解雇規制の撤廃」や「同一労働同一賃金」だったりするのですが、今の日本には大きな縛りがあり、この政策はなかなか進みそうにありません。

 

「価格競争」せざるをえない状況とその影響

人間が日々の経済活動をまわしていかなければ生きていけない以上は、外国の良い商品と競争していかなければなりません。

 

今までは世界と比べて「相対的」に日本に競争力がありました。しかし時が経ち外国でもある程度の品質の製品がつくれるようになり、

 

日々の努力を怠って日本がそういったものと差別化できる製品がつくれなければ「価格競争」をするしかなくなってきます。

 

このように価格競争をしていくと個人はどうなっていくのかという点については以下の過去記事を参照していただければと思います。

最近特に問題視されている「長時間労働」や「激務」に繋がってくるわけです。

 

価格競争になってくると、いろんな所で「削減しよう」とか「節約しよう」といった縮小方向の力が働いてきます。このために、問題となってくるのが年功序列で高い給与をもらっている中高年の世代です。

 

価格競争で買っていくためには、商品も「安く」できるようにしていかなければいけません。しかし、商品の価格を下げたら中高年の世代の高い給与の分を回収できません。

 

家電量販店にあるパソコンの値段を見てみればわかるかと思います。アマゾンを使えば数万円で買える時代なのにいまだに10万円とか20万円以上で売ったりしています。日本の企業のものです。

 

確かにパソコンを買う人にもいろいろな目的がある人がいるのでしょうが、性能に大差がなく20万円と2万円のパソコンどちらを選ぶか聞かれたら、多くの人は「2万円」の方を選ぶでしょう。

 

じゃあ給与を下げればいいじゃないかと思うかもしれません。今の若者の給与を上げず、非正規を多用し、高年齢者雇用安定法を改正して「継続雇用制度」を成立させて中高年の地位をこれでもかというぐらい守ってるんだから、もう下げても良いんじゃないかと思うかもしれません。

 

普通に考えたら、これだけの状況になってもまだ中高年の地位が守られている、というは「やはり何かある」と思わざるをえません。その「何か」についての自分の考えは以下の前回の過去記事で書きました。

中高年の世代にとって失敗することは「個人」や「企業」レベルの問題ではすまない

じゃあどうすればいいか、と考えたら「個人」が「自分で気づいて」「脱出する」のが現時点における現実的な問題解決の方法ではないかと思っています。

 

今の中高年の世代は前回の記事で「抱えすぎている」といったことを書きました。身動きがとれないのです。

 

そういった人たちをたくさん抱えている企業というものを「どうにかしよう」としても難しいでしょう。何か新しいことをしようとしても上の世代が極端に保守的になるのは、こういう部分からもきていると思うのです。

 

何か大きな失敗をしたら、それは個人だけの問題ではないからです。

 

企業レベルの問題でもなく、産業レベル、国レベルの問題に関わってくると自分は考えています。そういった状況で個人が身動きがとれない企業や国をどうにかしようとするよりも、個人として自立して働けるようにしてしまった方が早いし現実的でしょう。

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