人類の歴史は「やさしい情知」による精神面と物財面の世界の移り変わりである

「この発想はなかった」というのが今の時点での感想です。最近は堺屋太一さんの『知価革命―工業社会が終わる 知価社会が始まる』という本を読んでいました。

 

というのは自分だけではなく、今のような将来がなかなか予想できないような時代であれば、多くの人もそうだと思うのですが「これからの時代が具体的にどうなっていくのか」という点が気になっていたからです。

 

「歴史」という言葉を聞いてどんなイメージが浮かぶでしょうか。多くの人は、学校で勉強したような「1600年は関が原の戦いがあった」といったことなどが思い浮かぶのではないでしょうか。

 

この年にこういう事件が起こった、その時の登場人物は誰と誰でみたいな、単純な事象面から見た見方がひとつ。

 

もしくは、農業社会、工業社会、情報社会、知識社会といった感じで技術面から見る人もいるかもしれません。

 

または経済面とか政治面から歴史を見る人もいるかもしれません。歴史だけではなくて、いろんな分野の勉強をしていると、歴史というものを様々な側面から見ることができます。

 

ただ、自分にとっては本書を読むまではこの発想での歴史の見方は持っていませんでした。『知価革命―工業社会が終わる 知価社会が始まる』では、自分が今まで見てきた歴史とは全く違う見方です。

 

堺屋太一さんの見方から人類の歴史をなぞっていき、我々が生きるこの現代から今後はどうなっていくのかという堺屋さんなりの予想が書かれています。

 

今回はこの本について思ったことを書いていってみます。

人間の「やさしい情知」という発想

人類や人間の歴史というと、例えば昔は石器を使って生活していたとか、この地域ではこういった道具が発達したとか「物質面」から物事を判断することが多いのではないでしょうか。

 

堺屋さんはそうではなく、人類がここまでの歴史の変遷を辿り、現在のような環境をつくってきた事に対して、人間の「倫理面」とか「精神面」といった感じで人間の心を中心に歴史を見ています。

 

そのような倫理面や精神面のことを本書では「やさしい情知」という言葉として使っています。この言葉の意味は、「豊富なものを沢山使うことを格好よいと感じる美意識と不足なものを節約するのは正しいことだと信じる倫理観」とあります。

 

人間がなぜこのような感覚を持つに至ったのか。これは自分の考えなのですが、生物としての生存本能が関係しているのではないでしょうか。

 

このような感覚は、人類がここまで生存、進化するために身につけたものであると、それは、人類がここまで生き残ってきた中で自然界に見いだした法則やルールから、そういった感覚を持つことが生存、進歩に有利、またはそういった周りの環境に「適合するために身につけた感覚」といったものなのではないかと思っています。

人類の歴史はモノ余りとモノ不足の時代を繰り返してきた

本書では、現代までにおける人類の歴史を

  • 始代
  • 古代
  • 中世
  • 近代
  • 現代

といった形で分けながら、その時代ごとの特徴が記されています。

 

そのような時代ごとに、筆者はモノ不足とモノ余りの時代の移り変わりであると述べており、人間にとってモノ不足の時代は精神面の発達、モノ余りの時代は物財面の発達を促しているといった感じで書いています。

 

これがどういったことなのかを簡単に書いていってみます。

始代 モノ不足の時代

始代とは、本書では人類が農業を始めるようになった時代のこととしています。この時代は人類が狩猟・採集から農業を生きるための生産手段とする過渡期であり、農業に関する技術はまだまだの状態でした。

 

農業を継続するには、収穫の一部を次の年の種子として保存することが必要です。ですがこの時代はまだ農業に関する技術がまだ未発達なため、ひとつの作物から多くの収穫を得ることは期待できず、

 

さらに少ない収穫から次の年のためにある程度の量を残しておかなければいけませんでした。このような社会では一時的に豊かになっても、人口の増加によってすぐに豊かさが打ち消されてしまったようです。

 

例えばそれまでの人類が10の収穫から10の食料を得ていたとします。時が経ち人類の数が2倍になったとして、収穫も2倍になればいいですが、この時代ではそうはいかず、農業の生産性が人口の伸びに追い付かなかったのです。

 

このような「モノ不足」の社会では、1人あたりの食料が大きく伸びることはないため、物質的に厳しい禁欲的な生活を強いられ、人間の意識は

  • 内面
  • 精神面

に向かいます。こういったの時代には

  • 占い
  • 祭祀

が発達しました。

古代 モノ余りの時代

本書における古代とは紀元前1500年から紀元前1000年頃のことを指しています。この時代は始代とは異なり「モノ余り」の時代となりました。それを可能にしたのは様々な技術の進歩と新しいエネルギー源の獲得です。

 

この時代には水路を利用する「灌漑」技術が発達し農耕地の拡大を可能にしました。また鉄器の発明によって森林開拓も可能になります。

 

森林の伐採が可能になることによって、伐採した森林を燃料としてさらに多くの鉄器や武器、道具を作り出したり、人類の生活面の向上を促しました。

 

また、森林開拓で土地そのものを改良して、人類は可農地を創りだせるようにもなります。このことによってもう一つの変化がありました。

 

これらの技術によって、余剰生産物の増加、物財の交換が活発化し、遠隔地との交流の促進、そのことで馬の利用技術や舟行技術も発達しました。

 

これら一連の技術の進歩によって、食料や余剰生産物を多く生み出せるようになり、この時代はどんどん人口が増加していきます。

 

このような「モノ余り」の時代では、人間の意識というのは目に見える「モノ」に向かいます。

 

堺屋さんの言葉である「やさしい情知」における「豊富なものを沢山使うことを格好よいと感じる美意識と不足なものを節約するのは正しいことだと信じる倫理観」から、この時代の人類は非常に多くのモノを消費し、豊かになりました。

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