ナレッジ・ワーカー(知識労働者)やプロフェッショナルが必要な知識社会へ社会が成長しているという発想

普通に生活していれば「社会が成長している」という発想にはなかなか思い至りません。多くの人は次のようなイメージを持っているのではないでしょうか。

 

社会の構成単位である私達人間の心というのは、基本的に気まぐれであり、その構成単位である人間の集合体である「社会」というものの動きは無秩序なものであって一定の方向に進んでいくものではない、というものです。

 

自分が以前までは、まさにそのようなイメージがを持っていました。社会が成長している、それはどのように、どのような順番で社会が成長しているのでしょうか。それは以下のような形です。

  • 農業社会

  ↓ 

  • 工業社会

  ↓ 

  • 情報社会

  ↓ 

  • 知識社会

以上のような社会の変遷はどうやら技術の進歩によって起こっているらしい、ということに気づいたのは社会人になってしばらく経ってからのことです。

 

今回はそのことについて以前から考えていたことを書いていってみます。

「次の社会に移行する」という考え方

以前は社会というものに対してかなりの閉塞感を感じていました。「失われた20年と言われる日本経済」「変らない政治」など、自分の身の回りも含めて、なぜ自分はこれほど不幸なんだろうかと絶望していた時もありました。

 

しかし、社会の流れや社会が技術の進歩に伴って成長してきているという歴史の流れがわかってくるようになると、現状の不満を嘆いて周りの環境を変えようとするのではなく、

 

「自分が次の社会に移行してしまえばいいんだ」という風に考えられるようになっていきました。

 

その社会ごとに求められる人材と活躍できる人材が変わってくる

パソコンでコーヒーを飲みながら動画を制作している人

冒頭部分で書いたことがどういうことなのか?田坂広志さんの『これから何が起こるのか』という本に詳しく書かれています。

 

この本はパソコンやインターネットという新しい技術の発達、それは昨今「情報革命」「ウェブ2.0革命」と呼ばれるものによって、今後どうなっていくのか。

 

情報革命というと、パソコンやインターネット、システム等によっ人間の仕事が効率化され、人件費も削減できるといったイメージが強いのではないでしょうか。

 

もしくは、機械が人間の仕事を奪いこれからの生活が大変になる、といったイメージもあるかもしれません。

 

しかし情報システムの発達や導入による本当の目的を、本書の中で次のように書かれています。

p.198

情報システムを導入することの真の目的は、決して、社員を減らすことではありません。その真の目的は、社員を低付加価値の仕事から解放し、より高度な仕事に取り組めるようにすることなのです。

 

情報革命とは、人間を不要にするための革命ではない。情報革命とは、人間が、より高度な能力を発揮するための革命である。

上記の引用に関しては具体的な事例として以下の過去記事で触れています。

技術によって引用文のように今後の資本主義社会はどうなっていくのかが筆者の視点から書かれた本であり、非常に示唆に富む内容となっています。

 

記事の冒頭部分で社会の成長という言葉を使いましたが、人間という哺乳類が生まれるようになってからの農業社会では、いかに作物を生産できるか、いかに貯蔵できるか、

 

翻っていかに広大な土地を持っているか、例えば~万石といった基準が権力の多寡に関わっていました。

 

時が経ち、イギリスの産業革命によって工業社会という社会が始まりました。この社会では土地ではなく、「いかに大量生産できるか」翻って、どれだけ売上高があるか、どれだけお金を持っているかが問われました。

 

さらに時が経って、パソコンやインターネットという新しい技術の発達によって情報社会というものが生まれました。この社会では、どれだけ知識を持っているか、モノを大量生産するため、効率化するためなどの知識の多寡が重視されました。

 

さらに今は次の、知識社会に移行している時期のようです。このような一連の社会の移り変わりの中で求められる人材、活躍できる人材というのも進歩しているとのことです。

 

そこで『これから何が起こるのか』の中で田坂広志さんは次のように述べています。

p.244

まず、資本主義の「工業社会」の段階で、何が起こったのか。工業社会においては、次々と建設されていく工場で働く「プラント・ワーカー」(工場労働者)が「求められる人材」でした。

 

しばしば「ブルーカラー」と呼ばれた人材です。そして、この時代には、これらの工場労働者を管理する「オフィス・ワーカー」(事務労働者)が「活躍する人材」でした。「ホワイトカラー」と呼ばれた人材です。

 

しかし、この「工業社会」が「情報社会」に移行すると、何が起こったか。・・・

 

情報社会では、「オフィス・ワーカー」(事務労働者)が「求められる人材」になり、法律や会計の専門家など、高度な専門知識を身につけた「ナレッジ・ワーカー」(知識労働者)が「活躍する人材」になっていったと書かれています。

 

それが知識社会でも起こっているとのことです。例えば現在、税理士や会計士が会計ソフトの普及などによって価格競争に晒されているといった話はその表れではないでしょうか。

 

その後、さらにどのような社会がやってきて、どういった人材になればよいのか、といったことも書かれています。

 

このような、社会の移り変わりという考え方や知識、それに伴って変わってくる必要な働き方などは目から鱗でした。

「自分が次の社会に移行してしまえばいいんだ」となぜ思ったのか

今は日本という国は、経済的に閉塞感に包まれています。ここまで書いてきたことをまとめると、いまだ日本は「工業社会」としての価値観が根強く残っている、というのと

 

世界もまた、日々発展しているため、新興国のつくる製品やサービスと価格競争するようになっており、それが現在の日本の閉塞感に繋がっていると考えられます。

 

生物の進化論的な話も絡んでくるのですが、「競争」するのではなく自分たちの有利で勝てる分野に「逃げていく」こと、つまり今後迎えていくことになる「知識社会」に対応していくことが、個人個人にとって重要なのかなと思います。

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