アメリカなどの外国で働くことを意識する日が来るとは夢にも思わなかった

今回の記事のタイトルは「アメリカなどの外国で働くことを意識する日が来るとは夢にも思わなかった」ですが、注意点は実際にアメリカまで出張で仕事に行くわけではありません。

 

最近「アメリカで働くってどんな感じなんだろうか・・・」と「考えた」だけ、「意識」をしただけです。ただ、その「意識をした」ということですら、自分の感覚がすごく変わってきたんだなぁと感じています。

 

今までの自分であれば、まず考えられなかったことです。このアメリカなどの外国で働くと「意識」することですら、とんでもないこと、敷居が非常に高いことでした。というか、そのような感覚が生まれたことすらありませんでした。

 

自分から見て外国へ出張へ行く人とか、アメリカの現地の企業で働いている日本人というのはとてつもなく優秀で、まさに雲の上の存在みたいなイメージでした。

 

他の人にとっては、外国へ旅行に行くとか、出張で海外に行くというのはそれほど抵抗はないかもしれません。でも自分にとっては全く縁のない世界というか、テレビや写真で見る程度の本当に別世界の出来事でしかありませんでした。

 

そんな自分がなぜこのような感覚を持つようになったのか、考え事をしていたらそのことをブログで整理してみたいと思ったので、ちょっと書いてみようかと思います。

外資系企業での日常

なぜこのような感覚を持つようになったのか。理由はいくつか考えられます。

 

考えられる理由のひとつは、現在働いている企業が「外資系」であるということの影響ではないかということです。

 

やはり外資系の企業だけあって、日々外国人を目にすることになります。目にするだけであれば通勤途中とか街を歩いている時にすれ違うといったことはあるので、それだけでは特に意識することはありません。

 

今までの環境と違う点は、日常的に英語の会話を耳にするようになったことです。もちろんその会話の意味は全然わかりません。ただ、言葉の語感やアクセントなどから「あぁなんか英語で話してるんだな」というのはわかります。

 

これは誰でも感じることかとは思いますが、自分の周りで自分のわからない言語で話をしている人がいたらやはり気にはなりますよね。「あれ?何の話してるんだろう?」と

 

そういった日々耳にする英語の会話がひとつ。

 

 

「外国」を意識するもうひとつの点としては、書類に印字されている言語が英語であるということもあるでしょう。もちろん全部わかるわけではないので、わからない部分はグーグル翻訳やインターネットを使って調べます。

 

こういった部分も外国で働く可能性を意識するようになった点のひとつだったんじゃないかなぁと思います。

VBAというプログラミング言語の勉強も影響があったと思う

外資とかアメリカとか意識するようになった理由としては、仕事以外でも「英語」という「文字」に触れる機会が増えたからでしょう。

 

外資系の仕事で、処理する書類の中に英語があるというのはもちろんですが、最近勉強していたエクセルのVBAもある程度影響があったのではないかなぁと思いました。

 

プログラミング言語というと基本的に英語です。例えば最近勉強した中では、「RowHeightプロパティ」とか「ColumnWidthプロパティ」といった単語が出てきました。

 

テキストの中にそういった単語の意味について説明してくれている部分もありますが、全てではありません。ですから電子辞書などを使って調べなければいけません。

 

「Rowは行でHeightは高さだから、RowHeightプロパティは行の高さを設定できるのか。」「Columnは列だけどWidthってどんな意味かな?(この後電子辞書で調べる)あぁ、『広さ、幅』という意味だから、ColumnWidthプロパティは列の幅を設定できるんだな」

 

といった感じでわからない単語と格闘するのですが、そういった日々の蓄積が「英語」とか「外国」というものに対する意識に繋がっていっているのではないかと感じました。

日本企業と外資系企業の文化の違いを比較できるようになって

勤務先でいつも思うのですが、なんで日本人はこんなに頻繁に飲み会をしようとするのでしょうか。他にも社員旅行っていうイベントがありますし、部活動的な集まりもあります。

 

このような企業の文化に自分はなかなか馴染めませんでした。全く酒が飲めないということもないのですが。

 

外資系企業だからといって、全てが「完全に外国の文化やルール」というわけではないということです。外資系企業といっても、飲み会はあったりしますし、誘われたりもします。

 

自分は派遣社員という身分を利用して、上手く理由をつくって飲み会の誘いを回避したりしましたが、その時は企業文化というものに少しショックを受けたのを覚えています。日本の文化が結構残っている所もあるんだという点にです。

 

ただ、現在働いている所と以前働いていた所で共通しているのは、「上司と部下の上下関係があまり厳しくない」という点です。この点は嬉しかったです。

 

なんというか、上の人間の下の人間に対する言動などが優しい感じがします。それに役員とか社長に対しても役職名ではなく「さん」づけで呼んで良いというのは新鮮な感じがしました。仕事の進め方、報告や連絡の方法も合理的な感じがします。

 

それに対して日本企業は、特に大企業であるほど、なぜか無駄に上下関係が厳しいです。敬語とハンコとか上司に対する呼び方とか仕事のルールとか、何社も経験してきたからこそわかりますが、「なぜいまだにそんなことをするのだろう」と思えることが多々あります。

 

そのように考えられるようになったのも、1つの会社だけではなくて、複数の会社を経験して比較できるようになったからだと思います。

 

これが今まで勤務してきた会社が1社とか2社だけだったら今のような感覚は持てていなかったでしょう。そのような経験や感覚も「海外で働く可能性」を意識できるようになった理由のひとつじゃないかと感じました。

 

日本企業にも安定という面では良いのでしょうが、自分の感覚としては日本企業の文化はあまり合わない感じがします。まぁこれは個人差があると思うので、その人にとって適した文化の企業を選んでいけばいいと思います。

人口が減少していく日本と増加していく世界との関係

「海外で働く可能性」について意識するようになった理由の中のひとつとして、自分の日常的に接する部分以外に、昨今問題視されるようになった「日本の人口が今後減少していく」という点もあるんじゃないかと思っています。

 

現在日本は人口の減少が始まっており、今後の日本の人口がどのように減っていくのかという「人口減少カレンダー」なるものもあるようです。

 

それに反して、世界の人口は今後70億とか80億、それ以上に増えていくだろうと言われています。

 

日本の人口が減少していくだろうという点も、「海外で働くとはどんなものだろうか」という意識が生まれた原因のひとつではないかと思っています。

 

というのは、国内市場が縮小すれば必然的に外に目を向けていかなければいけないわけで、そうなると国内での仕事も減っていくのではないかと考えるのも自然な流れです。

 

現在の日本は人口が減少していて人手不足であり、今後も人口の減少が続くのだから仕事が減るわけがない、という意見もあるかもしれません。ですが、現在の時間軸における技術の進歩は目覚しいものがあります。

 

少し昔であれば「まだまだ何十年も先のことだろう」と思えたかもしれません。ですが、技術は「指数関数的」に進歩していると言われ、周りの環境や報道されるニュースでもなんとなくそれは理解できます。

 

今まで起きたことが今後もずっと同じように起こるなんて言えないわけで、となれば、やはりいろいろな選択肢を考えるようになるのも自然な流れではないでしょうか。

何かを意識する、学ぶのに周りの環境って大事だと思う

何かを勉強するとか新しく何かを始めるという時に、「それが当たり前にある」という環境って非常に大事なんじゃないかと今回の件で思いました。

 

例えば英語を勉強するというと、英語の単語帳とかテキスト、ノート、電子辞書などを用意しますよね。それで「これを勉強するんだ」というある程度強い意識を持って勉強する、

 

というのが英語などの外国語を勉強するイメージではないでしょうか。(特に外国語に限った話ではなく、勉強すること全般に言えそうな事ですが。)

 

でもそれってかなり気持ちとか意識を改めるとか、何らかのきっかけがないとなかなか始められない気がします。というのも将来はわかりませんが、現在の日本において外国語を学ばなければ食べていけない、というわけではないからです。つまり切羽詰った状態ではないということです。

 

もちろん「英文会計」とか英語の知識が必要な経理の仕事もあります。ただ、全体から見ればそういった外国語が大きく関わる仕事というのは少数派ですし、それができなかったからといって特に困ることはありません。

 

ただ、今回の出来事で思ったのは、「周りの環境が外国語を学ぶのに適した環境であれば、その環境に生きる人間は『自然と』学ぶようになる」んじゃないかなぁと思いました。

 

例えば両親が日本人で日常生活で頻繁に英語の会話をするような関係や環境だったら、その子どもは聞きなれた日本語とは違う言葉を日々耳にするわけで、やはり外国語というものを意識するというか、自然に学習していくのではないでしょうか。

 

さらに、日常生活で当たり前に「英語で書かれた文字」とか「外国の都市や風景が描かれた写真」を目にしたり、食器とか道具、文化など身の回りにあるものの多くが外国のものだったら、それほど抵抗なく外国語を学べるのではないかなぁと。

 

以上のような環境下で、さらに親がよく海外へ出張へ行ったりするような家庭であれば、その子どもは自然に「あぁ、大人になったら英語もできるようにならないといけないんだ」と考えられるようになるのではないでしょうか。

 

まとめると、これはもちろん個人差はあると思いますが、海外で働く可能性とか無理なく自然に外国語を勉強しようと考えられるようになるには、その人間の周りの環境ってすごい大事な気がする、と今回の自分の経験や感覚から思いました。

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