定年退職した人の気持ちの理解と非競争的な生活やコミュニティについて

最近はなんとなく虚脱感というか不安感というか、「この先どうしようか。」といった感覚に襲われています。

 

自分はこの数年間は中小企業診断士の試験勉強に注力してきました。そして来る今月の9日に2次試験の結果を確認したのですが、あえなく「不合格」という結果を頂戴することになりました。

 

この10年間程は、最初から中小企業診断士の勉強をし続けてきたわけではありませんが、それなりに勉強を重ねてきて自分の人生の節目として、将来の自分のためにも何とかしたいと思っていました。

 

そのような生き方をしてきた自分が今回の結果を目の当たりにすることで、「あぁ、なるほど。定年退職した人の気持ちが少しはわかるかもしれない」と感じるようになりました。

 

今回は、そのことで感じていることを書いていってみます。

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「燃え尽き症候群」という言葉

世の中には「燃え尽き症候群」という言葉があるようです。wikipediaには以下のように書かれています。

燃え尽き症候群 – Wikipedia

燃え尽き症候群(もえつきしょうこうぐん、英: Burnout)は、一定の生き方や関心に対して献身的に努力した人が期待した結果が得られなかった結果感じる徒労感または欲求不満。

 

慢性的で絶え間ないストレスが持続すると、意欲を無くし、社会的に機能しなくなってしまう症状。一種の心因性(反応性)うつ病とも説明される。

確かに今の自分は、正直言うと「この先どうしようか」と感じています。

 

世の中の多くのサラリーマンは正社員として60歳までの定年、もしくは65歳までの継続雇用まで働いて退職する方が大多数でしょう。

 

20年、30年と会社のために様々なものを犠牲にして尽くしてきて、いざもうやることがなくなってしまう、目標を失ってしまうとなれば、それはもう途方にくれてしまうでしょう。

 

非競争的な生活やコミュニティをつくりあげておく必要性

以前からこの問題は時々見かけていたので、なんとなく頭の片隅にはありました。特にこれからは知識社会に移行していく中でそのような状態は問題であると、P.Fドラッカーは述べています。

 

ドラッカーの著作の中に『ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる』があります。

 

この本は日本を含めた先進国が現在少子高齢化や雇用の問題に突き当たる中で、今後どうしていった方が良いのかがドラッカーの視点で書かれものです。

 

今回書いたような「燃え尽き症候群」といったことに対して、本書では以下のように書かれています。

p.28 成功の代償

知識社会に特有の上方への移動は高い代償をともなう。それは競争にともなう心理的な圧力と精神的なストレスである。敗者がいるからこそ勝者がいる。昔の社会はそうではなかった。

 

無産者の子は、無産者であっても敗者ではなかった。ところが知識社会では、敗者がいるだけでなく、敗者の存在は社会の罪とさえされる。

(中略)

しかもそのような競争のあとでは、ますます多くの成功した知識労働者、すなわち企業の管理職、大学の教員、美術館の幹部、医者たちも、40代、50代にして燃えつきることになる。すでに来られるところまで来てしまったことを自覚する。

 

そのとき、できることが仕事だけであるならば問題が生ずる。したがって知識労働者たる者は、若いうちに非競争的なコミュニティをつくりあげておかなければならない。

 

コミュニティでのボランティア活動、地元のオーケストラへの参加、小さな町での公職など仕事以外の関心事を育てておく必要がある。やがてそれらの関心事が、万が一にも燃えつきたとき、貢献と自己実現の場を与えてくれることになる

少し引用文が長くなりましたが、要は「自分にとって選択肢がひとつしかないと、それを失った時にいろいろと苦労する、だからひとつだけではなくいくつかの選択肢を持っていたほうが良い」ということです。

 

自分はこうなることを恐れていたので、このブログでコツコツと記事を書いてきたり、派遣社員という正社員以外の働き方も模索してきました。

 

自分の精神状態がそれほど混乱していないのも、このブログを見てくれる方や反応して下さる方がいるからです。

 

また、他のブログを拝見しても様々な生き方を垣間見せてくれるので、自分に何らかの失敗があってもそれほど閉塞感に陥ることもありません。

 

中小企業診断士の試験勉強をしてきたのも自分にとって「こっちの方がおもしろうそうだ」「複数の選択肢を持ちたい」という気持ちがあって始めたことです。

 

ですが、そのようにいろいろと準備をしてきた自分でも、やはり何かのために数年間を犠牲にしてきたことが報われないとなると、心に隙間が出来る感じがします。

 

まして、40代や50代のような会社一筋で働いてきた人たちが、その職場を失ってしまったならどうなってしまうか恐ろしいです。

 

確かにインターネット上では「嫌な上司が~」といったことや「バブル世代の人間は~」という言葉も散見します。ですがこういった人たちが職を失ったら確実に日本の治安は悪化するでしょう。

 

同一労働同一賃金や解雇規制の撤廃に二の足を踏むのも仕方ありません。そのために「ベーシックインカム」の議論もされていますが、この問題はまた別の記事で書くことにします。

これからの時代に求められてくるもの

特にこれからは知識社会になっていくだろうと言われています。以前は一般的に企業の寿命は「約30年」と言われていました。しかし昨今の情報技術の発達や時代の変化の早さから、その企業の寿命も短くなってきています。

 

そのような時代の変化においては個人の裁量が重視されていきます。ですからひとつの企業に自分の人生を預けてしまうというのは危険ではないでしょうか。

 

逆の視点から考えると、組織に従属することなく、組織の意向に左右されることなく個人の自分の努力で未来が開けてくる、そういった視点が必要になってくるでしょう。

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