企業が懇親会や飲み会、長時間労働にこだわる背景には機能体組織の共同体化が考えられる

「機能体組織が共同体化していることの現れ」ではないかな、思います。

 

今の時期は会社の入社式を済ませたところも多いでしょう。それに伴い新入社員同士で飲み会をした所も多いのではないでしょうか。

 

今回の記事のタイトルは『企業があれほど懇親会や飲み会、長時間労働にこだわる背景について思うこと』ですが、自分が新卒で入社した会社はもちろん、ここまで経験してきた全ての会社で不思議なくらい飲み会や懇親会が催されていました。

 

自分は以前からこのことについて不思議に思っていました。

「なぜこれ程飲み会を開くのか」と。

 

ある人は「社員と親睦を深めるためだよ」と仰る方もいましたし、ある人は「飲み会という場を通して社員の不満を聞くため」という人もいました。

 

インターネットで飲み会の理由や効果について調べてみると「飲みニケーション」といった言葉が出てきますし、上司と部下との人間関係の構築、情報共有や生産性の向上といった言葉もありました。

 

果たして本当にそうなのでしょうか。このことついて自分なりの考えを書いていってみます。

新入社員は入社3年で3割が辞めるという現実

遠くを見つめるパーカーを着た男性の後姿

なぜ会社という場所ではこれ程飲み会が多いのか。自分の考える答えとしては冒頭部分で「機能体組織が共同体化していることの現れ」と書きました。

 

このことについて考える前に、新卒の社会人の離職率について見ていきます。

 

以下のように厚生労働省の統計でも昭和62年から平成27年までは多少の波はありますが、ほぼ一貫して大学卒業後、約3割ほどの人間が会社を辞めていっているのがわかります。

なんだかこの数年で会社を辞める人間が増えた感じの報道がされていますが、実際はそうではなく30年ほど前から一貫してこの傾向は変わっていません。

 

だとしても多いですよね。自分が社会人になる前の社会人のイメージというのは、新卒で入ったら、ほとんどの人が定年までその会社で働き続けるというものだと思っていました。

 

仮に辞める人がいたとしても、それはほんの一部、自分の中では全体の数%程というイメージでしたが、現実としては何十年も前から3年で3割の人間が会社を辞めているということです。

中途社員でも正社員でも辞めていく人は多い

先に新入社員は入社3年で3割が辞めるという現実について書きましたが、別に新入社員に限らず、中途で入ってきた正社員でも辞めていく人は決して少ないわけではありません。

 

現場で働く人も経理といった本社で働く人も辞める人は少なくないのです。自分が今まで見てきた辞めていった人の大まかな理由としては、

 

  • 現場の人は長時間激務に耐えられない
  • 本社の仕事や事務的な仕事で辞めていく人は上司や周りの人との人間関係

 

が多かったです。正社員として会社に入れたとしてもそれで全て安泰というわけではありません。様々な障害が待ちうけているわけです。

なぜ飲み会が多く、辞めてしまう人が多いのか

ここまで書いてきたように、会社という場は飲み会が多く、会社に人が入っても少なくない人が辞めていってしまうのが現状です。それはなぜなのでしょうか。

 

それは「組織が構成員の幸せを追求しているから」ではないでしょうか。

 

この意見に対して、「えっ!?組織が構成員の幸せを追求しているということはいいことじゃないの?なぜそれが辞める人が多いことに繋がるのか」と考える人もいらっしゃるでしょう。

 

このことについて説明していきます。

 

組織には組織を創った目的を追求するのではなくて、組織それ自体の目的を追求するようになる、という言葉があります。

 

つまり創った側の目的と創られた側の目的は必ずしも一致しないということです。堺屋太一さんの『組織の盛衰―何が企業の命運を決めるのか』には次のように書かれています。

p.167

組織には自らの拡大を求め、内部の結束強化を追求する本能的な欲求がある。つまり、組織は組織の作られた目的とは別に組織自体の目的を持つ。そしてそれは、構成員の組織人としての幸せ追求にも通じている。

 

従って、組織が確立し、構成員が固定化するようになれば、その地位向上と権限拡大とが、組織全体の目的と化すことになり易い。

 

これが強まり慣習化すれば、構成員の間に共同体意識ができ上がり、専ら「構成員」の幸せを求める「構成員共同体」になってしまう。

時間が経てば経つほど、大企業であればあるほど、その中の組織員というのは高年齢化、固定化されていくでしょう。

 

となると、その存在維持のためには、そこに在籍する固定化された個人にとっては、地位向上や権限拡大が有効な方法になります。こういった状況が進んでいくとどうなるのでしょうか。

p.168

この現象の恐ろしいことは、一旦共同体化がはじまれば、それを肯定する人事と資源配分がますます強化され、やがては「正義」を以て語られるようになってしまうことだ。

 

共同体化した組織において高い地位と大きな権力を持つことだけを願う小心な野心家は、構成員の推挙を得ようとして、構成員の幸せ追求、つまり共同体化を一段と徹底するようになる。

 

しかもこれには、組織を強化する、つまり構成員の「結束を固くするため」、「士気を向上させるため」という大義名分も付加されるから抵抗し難い。

 

「社員のため」、「軍人のため」というのは、自己の野心を隠すキャッチ・フレーズになり得るのである。

まさにここです。自分が言いたかったのは。

 

「企業があれほど懇親会や飲み会、長時間労働にこだわる背景」というのは、つまり機能体組織の共同体化が進んでしまっているのではないかということです。

(※機能体組織の共同体化の問題点については以下の過去記事を参照していただければと思います。

冒頭部分で企業側や上司の言う飲み会の目的は「コミュニケーション」とか「社員の不満を聞くため」といったことを書きましたし、引用した言葉にあるように「社員の結束」とか「士気向上」といった目的もあるでしょう。

 

もちろん企業活動において、内部の人間関係を円滑にするためには飲み会という手段も必要かもしれないのですが、自分の感覚ではあまりにも多いと感じるのです。

 

ことあるごとに飲み会とかコミュニケーションとか、大の男がなぜそんなにも男同士でベタベタするのか内心疑問に思っていました。

 

つまりは、あまりにも多い飲み会というのは機能体組織の共同化が進んでいる症状ではないでしょうか。『組織の盛衰―何が企業の命運を決めるのか』にはさらに次のように書かれています。

p.168

もちろん、ここでいう「構成員の幸せ追求」というのは、生活者としての幸せではなく組織人としての幸せ、つまり組織内での公平性と安住感の充実、権限の拡大および外部に対する格好良さの追求である。

(中略)

その最も単純な方法は、組織人以外での不幸を敢えて甘受することだ。それは経済的犠牲と自由の放棄、つまり給与を上げずに長時間勤務に精励して、生活者としての自らを犠牲にすることである。

堺屋太一さんのこの指摘は本当に的を射ており、すごい観察眼です。何から何まで喝破している感じです。

 

ここで重要なのは組織が求めるのは個人としての幸せではなくて、「構成員として幸せ追求」です。「組織の側にとって都合の良い幸せを追求させる」ということです。

 

昨今蔓延るブラック企業の増加や長時間労働の慢性化は、社員が「組織の側にとって都合の良い幸せを追求させ」られているということでしょう。

 

機能体組織の共同体化が広い範囲で進んでいると思われます。

 

問題なのは本人が「自分のために頑張っている」のではなくて、「組織の犠牲になっている」ことに気づかないことでしょう。

 

例えば「結束を強化するため」に飲み会をすることはいかにも良いことのように聞こえますし、安い給与で長時間労働で働いて、経済的犠牲を払い自由を放棄することは、いかにも立派なことをしているように見えます。

 

しかしその行き過ぎた結果が、

  • あまりにも多い飲み会
  • 長時間労働の慢性化

に繋がっていると思われます。

 

堺屋太一さんのこれらの言葉はまさに今の日本の現状に通じています。そしてその結果はあまり良いものとは言えません。要は「組織が求める幸せの追求」に対して社員が耐えられなかったからでしょう。

 

組織の幸せのために上司に媚び諂ったり、魂を売り渡すのは耐え難いことですし、組織の幸せのために際限のない長時間労働をしていては体が持ちません。

 

「組織には組織を創った目的を追求するのではなくて、組織それ自体の目的を追求するようになる」ので個人の幸せを追求しているつもりが、その実態は「組織にとっての幸せ」だったということも有り得るわけです。

 

本当の自分自身の幸せを追求するのであれば、企業や組織といったものに対しては、「一定の距離」を確保した方がいいでしょう。

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