負けの法則から学び、考えられなくなることで動物になっていく恐怖から逃れなければならない

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記事名の通り『「考えられなくなる」ことで動物になっていくこと

への恐怖』を感じるようになったのは、新卒で入った会社の店舗で

働くようになってからです。

あの時は本当に毎日が地獄でした。自分にとっては早く忘れてしまいたい

過去の思い出です。

しかし、このことについては以前から思うところがあったので書いていっ

てみます。

たとえ今が悪くても、よりよい明日を信じられるなら大胆に行動できる。しかし・・・

林修さんの『今やる人になる40の習慣』に以下のような印象的な文

があったので引用してみます。

p.189

人は、たとえ今が悪くても、よりよい明日を信じられるなら、大胆

に行動できるものです。それができないのは、今ではなく、明日に

、未来にその原因があるのです。

僕自身は若いころに数限りない失敗を繰り返し、またそこで自分の

「負けの法則」を学んだことを糧に生きている人間です。だから本

当は、特に若い皆さんには、思い切り勝負して、派手に負けてほし

いと思っているのです。

しかし、先に述べたような時代状況では、失敗を少し減らさなけれ

ばならないかもしれません。

すごく良い言葉だなと思ったので引用してみました。

「この道を進んでいけばある程度は見通しが立つ」という、ある目

的に対して、自分の「努力が不安から解放」されれば、人は頑張れ

ると思います。自分も今までの経験からそれは感じています。

しかし自分の進んでいる道が、明らかに進みたいと思っている方向

とは違っていたり、全く先がイメージできなかったり、途中で道が

なくなっていたりした場合、人は不安になります。

そしてその不安を何らかの形で解消しようとします。適切な形で解

消できればいいですが、大抵の場合は目先の快楽に手を伸ばしてし

まいやすいです。

外食産業での激務で「考えられなくなる」ようになっていった

当時自分が新卒で入った外食産業での店舗での仕事は苛烈でした。

もちろん長時間激務で辛いという感覚はありました。しかしそれ以

上に辛い、恐いと感じたのは「考えられなくなる」ことでした。

1日3~4時間睡眠を何度もこなしたり、朝にシフトに入ったり、深夜

にシフトに入ったりと、仕事のリズムが不定期だと思いのほか体に

ダメージが蓄積していきます。

自分は大学時代新聞配達をしていたので、深夜の仕事は大丈夫だろ

うと思っていましたが甘かったです。

外食産業の会社で働いてみて、同じ時間帯に、同じような仕事をす

るというのは楽だったんだなということがわかりました。

反対に昼間に、深夜に不定期に仕事を長時間続けていくと、いろい

ろ寿命を縮めてしまうと感じます。

そのような経験をする会社だったので、「考えられなくなる」よう

になっていったわけですが、具体的にいうと「はやく楽になりたい」

という感覚になっていきます。

「考える」ことでさえ疲れてしまうのです。

「考える」ことに疲れてしまい「はやく楽になりたい」と思ってしまう

その結果「はやく楽になりたい」という目先の解放感のために、そ

こから脱出するために、何か勉強しようとか、何か準備しようとい

う気が起こらなくなっていくのです。

他にも自分の体に起こった変化として、食べ物の味がわからなくな

ったりしました。食感もおかしくなります。食べ物を食べているの

に別の何かを食べているような感覚です。

疲労も回復しないので、貴重な休みの日もただ寝てるだけという日

々になります。

自分はこのことが非常に恐く感じました。なぜなら、「考えられな

くなる」ことによって、自分の感覚がなくなっていく、言い換えれ

ば一生他人の奴隷として生きていかなくてはならないと感じたから

です。

多くの人は、考えられなくなっていないだろうか

時間を奪われ、体力を奪われ、心まで奪われてしまったら、それは

人として生きていると言えるのでしょうか。

そういったものが蓄積されていくとストレスになり、お酒を飲んだ

り、タバコを吸ったり、何らかの快楽によってその埋め合わせをし

ようとします。

「自分は苦労しているんだから、ある程度の見返りはあって当たり前」

「自分が稼いだ分を、自分が何に使おうと勝手ではないか」

そういった考え方をしてしまうのが恐かったのです。自分で稼いだ

お金で使った分も、それは本当に自分の考えで使ったのでしょうか。

「使わされたのではないのか?」

糧攻め

ある意味、「兵糧攻め」されているのではないか?

例えば会社に勤めるようになると、お酒の席が多くなると思います。

自分は飲みたくなくても、誘われれば将来的な付き合いも考えると

無碍に断ることも出来ません。

こういった所で、自分の時間やお金ではなく他人のために時間やお

金を使うことになります。

「会社から逃げるための資金を蓄積させないために、一時の快楽の

ためにお金を使わされているのではないか?」と考えたりしたとき

もありました。

深読みしすぎかもしれませんが、実際はどうかはわかりません。

そういったことを考えられなくなっていくこと、たとえ今が悪くて

も、よりよい明日を信じられなくなっていくことをイメージした時

、自分の感覚がなくなっていくのを感じていくようになった時「こ

こに長くいてはいけない」と感じたわけです。

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